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大阪地方裁判所 平成4年(行ウ)43号 判決

原告

廣畑幸治

被告

若生正

右訴訟代理人弁護士

重宗次郎

俵正市

苅野年彦

坂口行洋

寺内則雄

小川洋一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、大阪府池田市に対し、六〇万円及びこれに対する平成四年七月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は大阪府池田市(以下「池田市」という。)の住民であり、被告は昭和五〇年五月一日以降、池田市長の職にある。被告は、池田市長として、平成四年度の池田市一般会計予算に、池田市私立幼稚園連盟(以下「連盟」という。)に対する補助金として六〇万円を計上し、平成五年三月三一日までにこれを支出した(以下「本件支出」という。)。

2  本件は、原告において、本件支出は、公の支配に属しない教育の事業に対する支出であるから憲法八九条に違反し、右違法な支出を行った被告は池田市に損害を与えたと主張し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告に対して、池田市に代位して、損害賠償を請求する訴訟である。

二  原告の主張

1  憲法八九条後段は、公金は、「公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と定めているところ、「公の支配」については、国・地方公共団体の監督指導によって組織運営の自主性が失われていない私立教育機関は、「公の支配」に属しているとはいえず、人事・予算・事業の執行について、自主性が失われていると見られる程度の強度の監督を受けている場合に限り、「公の支配」に属している、と考えるべきである。

そして、本件支出の支出先である連盟は、右のような強度の監督を受けていない教育事業団体であるから、「公の支配」に属しないものであり、これに対する公金の支出は憲法八九条に違反する。

2  被告は、池田市長として違法な支出を行い、池田市に本件支出額と同額の損害を与えたので、池田市に対して損害賠償責任を負う。

3  よって、原告は、池田市に代位し、被告に対し、六〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年七月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被告の主張

1  原告の主張する憲法八九条後段の解釈は、余りに厳格な文理解釈であり、我が国の学校教育の実情を無視した見解であって採用できない。「公の支配」は、「国又は地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営、存立に影響を及ぼすことにより、右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され、公の財産が濫費されることを防止しうることをもって足りるものというべきである。右の支配の具体的な方法は、当該事業の目的、事業内容、運営形態等諸般の事情によって異なり、必ずしも、当該事業の人事、予算等に公権力が直接的に関与することを要するものではないと解される。」(東京高等裁判所平成二年一月二九日判決)との見解に基づき判断されるべきである。

2  池田市は、平成三年八月になされた池田市幼児教育審議会から池田市教育委員会にあてた、私立幼稚園に対する助成措置の拡充を求める答申(「本市幼児教育の推進について(答申)」)に基づき、平成四年度から、原則として年間六〇万円を限度として、連盟に補助金を交付することとした。

右補助金は、地方自治法二三二条の二、私立学校法五九条、私立学校振興助成法一〇条に基づくものである。

池田市教育委員会は、右補助金の交付手続に関して、「池田市私立幼稚園連盟補助金交付要綱」(以下「本件要綱」という。)を作成した。本件要綱により、補助金交付にあたっては、所定の交付申請書に補助金の使途である行事関係資料を添付して、教育委員会に提出し、行事終了後には、実績報告書に関係資料を添付して、同委員会に提出しなければならないとされている。

また、本件要綱によれば、補助金は、幼児教育振興のため、連盟を通じて、市内の私立幼稚園に対して交付され、その使途は、市内の私立幼稚園が合同で行う幼稚園まつり、その他の行事に要する事業費の一部に充てることに限定されており、万一、虚偽の申告その他不法な手段により補助金の交付を受けた場合には、既に交付した補助金の全部又は一部を返還させることとしている。

したがって、補助金に係る事業について前記判例が示す程度の支配は及んでいるというべきであるから、本件支出は「公の支配」に属する教育の事業に対する支出であるというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  憲法八九条違反の主張について

1  乙六号証の一、二、第八、九号証、一〇号証の一、二、一一号証の二、一三号証の一ないし五、一四号証の一、二、証人西山幸男及び同名村稔男の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

(一) 池田市教育委員会は、平成二年八月二八日付で、池田市の諮問機関である池田市幼児教育審議会に対して、「本市幼児教育の推進について」との諮問を行った。同審議会は、平成三年八月一三日付で、右諮問に対する答申を行い、その中で、市内の私立幼稚園はほとんどが小規模であり、その運営状況は必ずしも満足のいくものとはいえないところ、私立幼稚園運営の健全化は、幼児教育の充実にもつながり、ひいては、池田市の発展にも寄与することに鑑み、助成措置の拡充を考慮する必要があると指摘し、私立幼稚園の振興に関し、市財政の可能な範囲内で、経常経費や研究、研修費等の項目についての助成措置を検討するよう求めた。

そこで、被告は、池田市長として、池田市私立幼稚園連盟(連盟)に補助金を交付し、連盟を通じて、市内の私立幼稚園の助成を図ることとし、平成四年度の池田市一般会計予算に連盟に対する補助金として六〇万円を計上した。

連盟は、池田市内に存在する私立幼稚園のすべて(八園)の設置者又は園長をもって組織される権利能力なき社団である。

(二) 連盟は、平成四年一一月五日(木曜日)に、池田私立幼稚園「幼稚園まつり」を開催することを計画した。右「幼稚園まつり」は、池田市民文化会館大ホールにおいて、劇団による、影絵と劇(日本昔話「ねずみとすもう」)及びぬいぐるみ人形劇(「ヘンデルとグレーテル」)を鑑賞する行事であり、連盟に所属する池田市内のすべての私立幼稚園の児童及び保護者が参加するものとされ、当日の右幼稚園における保育の内容とされるものであった。

連盟は、右「幼稚園まつり」の経費(予定支出額一八〇万円)の一部に充てるために、補助金六〇万円の交付を求める申請を池田市教育委員会あてになし、被告は、池田市長として、平成五年三月三〇日、同連盟に対して補助金として六〇万円を支出した。

連盟は、平成四年一一月五日、予定通り「幼稚園まつり」を開催し、児童及び保護者合わせて千数百名が参加し、前記の人形劇等を鑑賞した。

2  以上のとおり、本件支出は、連盟に対し、連盟が開催した「幼稚園まつり」の費用の一部に当てるために行われたものであり、地方自治法二三二条の二の補助に該当する(被告は、本件支出が、私立学校法五九条、私立学校振興助成法一〇条に基づくと主張するが、連盟は学校そのものではないから右主張は失当である。)。そして、「幼稚園まつり」はその内容からして、童話、絵本に対する興味を養い、音楽、演劇を通じて創作的表現に対する興味を養うことに有益で、幼児の心身の発達を助長するものであると解され(学校教育法七七条、七八条四号、五号参照)、また、当日は、連盟に所属する幼稚園における保育の内容は、「幼稚園まつり」に参加することとされているから、「幼稚園まつり」は、実質的には右幼稚園の保育の一部となっているものと解される。そして、憲法八九条の規定する「教育の事業」とは、人の精神的または肉体的育成を目指して、組織的・継続的に人を教え導く活動を行う事業をいうものと解されるので、同連盟の主催した「幼稚園まつり」も同条の規定する「教育の事業」に該当すると解される。

ところで、憲法八九条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と規定する。そして、同条前段については、国家と宗教の分離を財政面からも確保することを目途とするものであるから、その規制は厳格に解すべきであるが、同条後段の教育の事業に対する支出、利用の規制については、もともと教育は、国ないし地方公共団体も自ら営みうるものであって、私的な教育事業に対して公的な援助をすることも、一般的には公の利益に沿うものであるから、同条前段のような厳格な規制を要するものではない。同条後段の教育の事業に対する支出、利用の規制の趣旨は、公の支配に属しない教育事業に公の財産が支出又は利用された場合には、教育の事業はそれを営む者の教育についての信念、主義、思想の実現であるから、教育の名の下に、公教育の趣旨、目的に合致しない教育活動に公の財産が支出されたり、利用されたりする虞れがあり、ひいては公の財産が濫費される可能性があることに基づくものである。このような法の趣旨を考慮すると、教育の事業に対して公の財産を支出し、又は利用させるためには、その教育事業が公の支配に服することを要するが、その程度は、国又は地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営、存立に影響を及ぼすことにより、右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され、公の財産が濫費されることを防止しうることをもって足りるものというべきである。右の支配の具体的な方法は、当該事業の目的、事業内容、運営形態等諸般の事情によって異なり、必ずしも、当該事業の人事、予算等に公権力が直接的に関与することを要するものではないと解される(東京高等裁判所平成二年一月二九日判決・判例時報一三五一号四七頁参照)。

3  乙一号証、六号証の一、二、七号証の一ないし三、一一号証の一、二、一二号証の一ないし三、一三号証の一ないし五、一四号証の一、二、一五号証の一ないし三、証人西山幸男及び同名村稔男の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

(一) 連盟に対する補助金の交付につき、池田市教育委員会は、本件要綱を定めた。

本件要綱は、補助金は平成四年度より原則として年間六〇万円を限度として交付すること、その使途は、市内の私立幼稚園が合同で行う「幼稚園まつり」、その他諸行事に要する事業費の一部に充てること、連盟が補助金の交付を受けようとするときは、所定の交付申請書に行事関係資料を添付して同委員会に提出すること、行事終了後は、所定の実績報告書に関係資料を添付して同委員会に提出すること、同委員会は、虚偽の申請その他不正な手段により補助金の交付を受けたと認めたときは、既に交付した補助金の全部又は一部を返還させるものとすることなどを定めた。

(二) 連盟は、昭和四一年に設立された、池田市内に存在する私立幼稚園のすべて(八園)の設置者又は園長をもって組織される権利能力なき社団であり、相互の提携協力によって、池田市における幼児教育の振興及び教職員の資質向上を図り、もって幼児教育の発展向上に寄与することを目的とし、教職員の研修会、連盟に所属するすべての私立幼稚園の児童及び保護者が参加する「幼稚園まつり」の開催等の活動を行っている。

なお、連盟は、社団法人大阪府私立幼稚園連盟の豊能支部に属する同社団法人の下部組織であり、同社団法人については、事業計画、予算を大阪府教育委員会に届け出なければならないこと、基本財産の処分等については、同委員会の承認を得なければならないこと、定款の変更には同委員会の許可が必要であることなどの規制がなされている。

(三) 本件支出に当たり、連盟は、平成四年一〇月一日、本件要綱所定の補助金の「交付申請書」に六〇万円の申請額を記載し、事業計画書(「幼稚園まつり」の概要を記載したもの)、予算書(「幼稚園まつり」の予算額を記載したもの)、「幼稚園まつり」の案内書等を添付して池田市教育委員会に提出した。同委員会の担当者は、連盟の担当者から、「幼稚園まつり」の概要や意義、補助金の使途について説明を受けて、前記1(一)記載の補助金交付の趣旨に沿う行事であるか否かを調査した。

また、「幼稚園まつり」の当日には、同委員会の担当者は「幼稚園まつり」の会場に赴いて、その実施状況を視察した。

補助金の交付を受けた後、連盟は、本件要綱所定の「実績報告書」に、事業の概要(前記「幼稚園まつり」の実施概要)を記載し、事業報告書(実施された「幼稚園まつり」の詳細を記載したもの)及び収支決算報告書(「幼稚園まつり」の収入、支出の詳細を記載したもの、補助金と会費を合わせて一八八万七九〇〇円の収入があり、公演料、記念品、会館使用料等で同額を支出した旨が記載されている。)を提出した。

(四) 連盟に対する補助金については、池田市の監査委員は、必要があると認めるとき、又は市長の要求があるときは、連盟の出納その他の事務の当該財政的援助に係るものを監査することができ、また、監査のため必要があると認めるときは、関係人の出頭を求め、若しくは関係人について調査し、又は関係人に対し帳簿、書類その他の記録の提出を求めることができる(地方自治法一九九条六項、七項)。

4  3の事実を基に、連盟の行う事業に対する池田市の関与について検討するに、連盟は、池田市内のすべての私立幼稚園が参加し、個々の幼稚園の特定の教育方針を離れ、相互の提携協力によって、幼児教育の発展向上に寄与することを目的とした団体であると解され、これは、私立幼稚園における幼児教育の充実を目指す池田市の施策と一致しており、連盟が行う「幼稚園まつり」の内容も学校教育法に定める保育の内容に沿うものである。連盟の予算や人事については、池田市が直接関与することはないものの、それは、連盟の右のような性格と目的、連盟の行う事業の内容からして、市が直接関与する必要がないためであり、補助金の支出に当たり、補助金に係る事業が前記1(一)記載の助成の趣旨に沿って行われるべきことは、池田市教育委員会が定める本件要綱によって、補助金の使途が限定され、補助金の交付を認めるか否かについての事前の審査及び事後的な報告と審査が制度化されていること並びに同委員会による個別的な指導と実施状況の視察を通じて確保されていると解すべきであって、地方自治法に定める一般的な監査制度の存在をも考慮すると、補助金に係る事業が公の利益に沿わない場合には、池田市において、これを是正しうる途が確保され、公の財産の濫費をさけることができるものというべきであるから、右の関与をもって、憲法八九条にいう「公の支配」に属するものということができる。

したがって、原告の憲法八九条違反の主張は採用できない。

二  以上のとおり、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官小野憲一 裁判官井田宏)

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